2022年1月ニュース

エッセンシャルワーカーへの感謝

 2021年12月市議会では、主にエッセンシャルワーカーへの感謝と支援の必要性、そして市における社会資源の捉え方について質疑しました。

 どれくらいの人数?

 決算委員会でエッセンシャルワーカーの人数について質問したところ、市内で働く方々は、医療従事者約6000人、介護・介助従事者(高齢、障がい等)約3000人、保育・子ども関連従事者約2000人と答弁がありました。
 そのほかにも、小売、流通、運輸、ごみ・廃棄物の処理、などエッセンシャルワーカーと考えられる方々は数多くおられます。ここでは主に自治体として直接関与できる分野について述べたいと思います。
 先ほどの人数に加えて、私は市役所の職員、市の財政援助出資団体の職員(計約3000人)も不可欠のエッセンシャルワーカーと考えています。そうしますと医療、介護、子育て、そして市関連の合計は約14000人に上ります。市域の就労人口が約70000人弱ですので、約2割を占めることになります。
 平成の30年間に介護、障がい者支援、子育ての分野での制度整備が進みましたので、その成果としてこれだけのボリュームを形作ることになりました。

 コロナ禍での支え

 医療従事者の皆様には新型コロナ感染症拡大の時期には直接の感染リスクの中で治療と感染拡大防止にご尽力をいただきました。介護・介助のヘルパーの皆様には、施設・在宅を問わず感染を防止しつつ日常の介護を継続していただきました。保育士さんをはじめ子育て支援の分野も、子どもたちとの日常的な接触の中頑張ってくださいました。学校が一斉休校になった時期にも必要な保育の継続がなければ社会は回らなかったのです。

 欠くことのできない社会資源

 社会共通資本(Social Common Capital)という言葉があります。「ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような自然環境や社会的装置」(宇沢弘文)だそうです。
 僕はこの意味を「資本主義社会にあっても、そう簡単にはお金に代えられない大切なもの」と解釈しています。
 自然環境はもちろんですが、ここで大切なのは、それぞれの社会的集団、人の集まりということです。
 医療・介護・子育てに従事する方々がこれだけのボリュームで存在することは、人々の健康だけでなく、社会的な生活そして一人ひとりの尊厳や人権を育む上で、とても大きな社会的基盤(資本)となっています。
 コロナ禍でクローズアップされたエッセンシャルワーカーの存在をひと時の感謝に終わらせず、待遇の改善、人材不足の解消に取り組んでいかねばなりません。
 武蔵野市も頑張っています。さらに頑張ります。どうぞよろしくお願いします。

住民投票条例について

 NY市、外国人に投票権

 2021年12月11日付けの朝日新聞朝刊に「NY市、外国人に投票権」との記事が掲載されています。「米ニューヨーク(NY)市で、市民権を持っていない外国人でも、永住権(グリーンカード)や就労許可証を持っていれば投票ができるようになる。市議会が9日、賛成多数で条例案を可決した。」と。NY市内に30日以上合法的に暮らしていれば投票ができる。対象は市の公職のほか、市内に5つある地区の区長の選挙とされています。
 良いですね。
 これがNYの、ひいては米国の強さです。
 日本のプリンセスがNYに行ってしまったのもわかるような気がするのです。先日ノーベル物理学賞を受賞された真鍋淑郎さんが「日本に戻りたくない理由の一つは、周囲に同調して生きる能力がないからです」と言われたことも思い出しました。
 今回の武蔵野市における住民投票条例案をめぐる経緯を振り返るほどに、日本はこれで良いのか?と思ってしまいます。

 政治家のリテラシー

 住民投票の投票権はNYのような選挙権と比べて比重の軽いものです。しかし投票権を日本人と同様に居住期間3か月の外国人に与えることについて、大きな議論になりました。もちろん正規の在留許可をもち、武蔵野市に住民票登録をしている外国人についてです。
 どうしてもこの問題は、差別や排除の問題と関わります。
 私は長い間障がい者支援の活動に携わってきました。その中で、どんな人の心の中にも多かれ少なかれ障がい、性差、民族や文化、出自による差別や排除の意識があること(もちろん私自身も含めて)を感じ、受け止めてきました。
 その事実を認めた上で、政治(政治家)や公が差別を助長したり、特定の人たちの排除に手を貸したりすることはあってはならないと考えてきました。
 今回、右翼の人たちによって市役所周辺でのヘイト街宣活動が行われ、松下玲子市長などへの「攻撃」が行われました。とても残念です。
 同様な意味で、長島昭久衆議院議員、小美濃安弘市議、深田貴美子元市議らの言動は明らかに政治家の持つべきリテラシーを欠いたものであり、強く批判されねばなりません。
 人権尊重の社会的環境は、長い時間と歴史的経緯を経て形成されていくものです。問題は政治や公がどのようにそれを育んでいくかです。逆は、あってはならないのです。

 地域共生社会を進めよう

 商業者で構成する商店会に国籍条件はあるのか?ありません。多国籍のお店が並ぶことでより豊かな商業地がつくられます。コミセンやコミュニティ協議会への関わりにも国籍は不問。消防団も同じです。
 武蔵野市の政策・サービスにおいて国籍による区別は一切ありません。
 今回、住民投票という住民参加の仕組みを前進させる条例案の議論において、「国籍」が批判の標的になったことはとても残念なことでした。
 これを教訓に、地域共生社会の前進に向けてさらに努力をしたいと思います。
 人は他者の人権を守ることを通じて初めて、自らの人権も尊重されると信じています。
 皆さんも、共に。