人と人のつながりを大切に  オンライン〇〇について

ニュース紙面は下部のリンクからご覧いただけます

人と人とのつながりを大切に

 市議会6月定例会では、新型コロナ感染症による緊急事態宣言が出されたことを踏まえ、商店街や公園の役割、そして、諸対策の決定過程についての記録の保持や公文書管理のあり方について質疑しました。

 商店街を大切に

 ゴールデンウィークの頃、各地の商店街への人出抑制が問題になりました。営業自粛要請の効果もあり、銀座や渋谷、新宿などは一時期ゴーストタウンになりました。
 吉祥寺の商業地域では、来街者が減っていないのでは?と批判されたこともあり(実際は減っていた)、武蔵野市も「まちへ来ないで」と呼びかける事態となりました。
 私は、吉祥寺がゴーストタウンにならなかったことは、ありがたいことだったと思っています。それは、コロナ禍にあっても街に「なにか」を求めて来られる人々がいたということです。
 「なにか」とは何か。もちろんまず日々の生活に必要な食料や医薬品などを求めること。でも人がまちを歩くって、それだけではありません。誰かとお茶をしたり食事をしたりして、おしゃべりをして時間を過ごす。あるいはそんな雰囲気を感じる。そこで人がつながることを求めている現れでもあったのです。
 吉祥寺の商業地がそのような空間として人々に求められていた事実を大切にしたいです。
 全国的には、目先の「経済」を追い求めるあまり、オーバーツーリズムなどの問題を抱えていた地区が、コロナ禍で一転苦境に立たされています。事態を踏まえると、今は「GoToキャンペーン」に前のめりになるより、政府の「観光立国」の考え方を見直すべきです。
 経済優先か、いのち優先かの議論があります。商店街を大切にする、ということは経済優先ということではなくて、人々の普通の暮らしを大切にするということです。それは単に必要なものを買うということだけではありません。
 普段の暮らしの近くにある、人々に欠かすことのできない場としての商店街をこれからも大切に育てていきましょう。

 公園の役割

 学校が休校になった時期、市内の各公園では子どもたちの元気に遊ぶ姿が見かけられました。小中学校の校庭も使えない状態でしたので、公園の存在意味は大きかったのです。
 「遊ぶ声がうるさい」などの苦情が市役所にも寄せられていましたし、感染経路になるのではとの批判から遊具が利用できない残念な時期もありました。それでも、市の担当のご努力もあって公園の利用継続ができたことは、市民全体にとって有意義でした。
 思い切りからだを使って、時には喧嘩したりいたずらしたりしながら友達と一緒に遊ぶことは、子どもたちの成長に不可欠。それを守ることは地域社会の責務です。山や川のない武蔵野市にあっては特に公園の役割は重要です。

 様々な議論

 コロナ禍にあって、人々の生活や子どもの育ちについて様々な議論が続いています。
 6月議会の一般質問の最後に私は、この間の市における政策決定の記録をしっかり残すべきと求めました。松下玲子市長からは「新型コロナウイルス感染症に関連する文書等は、市民生活の推移を歴史的に証拠づけるものであり、歴史的な価値を有するという観点から、経過や意思決定に至る過程が明らかになるよう、適切に文書等の作成を行うよう周知徹底を図りました。また、新型コロナウイルス感染症に関する文書等を含むファイルは通常文書と別に保管保存し、保存年限も最長とするなどの取扱いを行い、歴史公文書として確実に引き継ぐこととしております。」との答弁がありました。
 大切な議論をしっかりと次世代に引き継いでいきたいと考えます。

 オンライン〇〇について

 オンライン申請、オンライン授業、オンライン会議からオンライン飲み会に到るまで、オンライン〇〇が流行っています。
 まず、休校と学びについてです。私は「オンライン授業」は、小中学校では成立しないと考えています。大学では、オンライン授業を正規の授業として扱い、単位の所得も可能となっています。しかし、小中学校で正規授業扱いのオンライン授業を実施するのは困難です。内容的にオンラインではできないことがたくさんあること、自宅のタブレットの前で子どもたちの集中を持続させることが難しいこと(日中一日持続させることは困難)など、いくつものハードルがあります。そもそも学校教育の大前提は集団指導が基本であることは言うまでもありません。
 やむを得ない休校時において、家庭学習への支援の一つとして、朝のミーティングを双方向で行うなど、一部可能なことはあるでしょう。それはすでに先生たちの創意工夫で始められています。持ち帰り教材や課題を与え、電話などでの個別の声かけに加えて、動画配信も手段の一つとして行う。オンライン学習は家庭学習支援の手段の一つとして位置付けるべきです。
 また、学校再開後の現状を見ると、本当に必要なのはタブレットの配布ではなくて、教師を増やすことです。教育だけでなく、医療、介護、保育などはいずれも対面で触れ合うことが大前提であり、人的資源の豊富化が急務なのです。
 また、会社におけるオンラインワークの進行は、労働時間制度の崩壊につながりかねず、勤務評価の変化も相まって社員の「請負業務化」=自営業化を引き起こし、働く人々の立場を弱くする危険性があります。
 武蔵野市が大切にしてきた地域コミュニティのあり方においても、人が集うことの意味は改めて強調されなければなりません。
 様々なオンライン〇〇はある種ブームですが、多面的に考えた場合には、それが無縁社会の進行や、社会のセーフティーネットの弱体化につながる危険があることに注意を向けるべきです。「景気対策」としてのIT産業振興は要注意です。
 先ほど述べた商店街や公園の役割、意味も含め、コロナ禍は私たちに地域社会のありようについての課題を投げかけています。私は、こんな時期だからこそ人と人がつながることの大切さを強く思います。
 人間自らが作った「便利な道具」で、自らの社会を毀損する、笑えない歴史が繰り返されることのありませんように。