グローバリズムの終焉とこれからの自治体の役割について

平成29年武蔵野市議会会議録第2号

(第1回定例会)※不確定稿

                                    

○議 長(深沢達也君)  次に、平成29年度予算編成方針について、5番山本あつし君。

(5 番 山本あつし君 登壇)(拍手)

 

○5 番(山本あつし君)  それでは、代表質問をさせていただきます。グローバリズムの終焉とこれからの自治体の役割についてという題名で一般質問をさせていただきます。(発言する者あり)失礼しました。代表質問をさせていただきます。要するに、非常に大きな時代の転換点に来ているのではないかという感じを持っていますので、その世界の大きな動きと、それからその中での我々の地域や自治体の役割について、これをどう考えるのかということについて議論を深めたいというふうに思って質問をさせていただきます。

 

大きくは6点ぐらいなのですが、まず最初に、大きな節目という意味では、この30年から40年近くの世界の動きが転換を迎えたというふうな認識で多分いいのではないかというふうに思っていますので、まずその点について、市長の認識について質問をさせていただきたいと思います。30年から40年というのは、1980年代からの世界の動きということです。それで、この場合のいわゆるグローバリズムの終焉というふうに僕が言っているのは、一般的に歴史的に世界が長い時間をかけて一つになっていくとか、あるいは経済的につながっていくとか、それから各民族や人種の、国の間の交流がふえていくとか、そういう考え方のことを指しているのではなくて、この80年代につくり出されたいわゆるグローバリズムという一つのイズム、考え方についてが、ここのところに来てもう行き詰まって、終わりを迎えたのではないかという意味で使っていますので、そこは誤解のないようにお願いをしたいと思います。

トランプ評価・世界の変化

大きな1番の小さな1番は、まず、これは市長も施政方針の中で触れられていますけれども、いわゆるアメリカのトランプ大統領誕生ということについての評価です。これはいわゆるトランプ大統領個人をどうのこうのという、評価ということはもちろんですけれども、なぜアメリカで今あの大統領が誕生したのかという問題、それはイギリスのEUの離脱問題も同じですけれども、人々がそれを選んだということについてどう考えるのかということについて、市長の御見解を伺っておきたいと思います。

 

大きな1番の2つ目は、その中でよく言われている、いわゆる自由貿易か保護貿易かという問題が取り上げられていますが、今実際に起こっていることというのは貿易問題ではないだろうというふうに思っていて、もう少し本質的な、いわゆる世界の構造にかかわる問題だというふうに思っています。その点について、つまり、今世界の資本主義の中で何が問題になっているかということについて市長はどういうふうにお考えかということを伺っておきたいと思います。

 

そして小さな3点目は、この中で問われているのは、国あるいは公ということの役割ではないかというふうに思っています。そのことについて市長はどういうふうにお考えかということを伺っておきたいと思います。以上が大きな1点目です。

地域と自治体のありようの変化

そして大きな2点目です。地域と自治体のありようの変化ということです。これもこの30年間で非常に大きく変わったというふうに私は考えています。この三、四十年の間の変化ということについて、まず先に議論をしたいのですけれども、小さな1番として、NHKの言葉ですけれども、いわゆる無縁社会というふうに言われるようになったこと、一方で自立ということが強調されたり、あるいは教育の分野での生きる力という、僕は余り好きでない言葉なのですけれども、そういうことが強調されたりして、それぞれが自分で生きていきなさいよと、自己責任ということが強調され、今ちょっともうそれは下火になっていますけれども、そういう時代を経てきていると思います。そのことによって、明らかに個人がばらばらにされて地域社会の中に、資本主義社会の中に投げ出されていくというふうな現象が、現象というか、そういう時代になってきたということは言えると思うのです。これは僕は非常に深刻な問題だというふうに思いますが、この問題について市長なりのお考えを伺っておきたいと思います。

 

そして小さな2番目で、その背景として、特に中曽根政権以降、これは僕らもこの年が影響しているので、若い方にはなかなかわかりにくいと思うのですが、1980年代に入って中曽根政権ができて、それ以降、最初はいわゆる民営化の問題です。三公社五現業と言われていた国鉄、郵政、それから電電公社、これを初めとして分割民営化から始まったいろいろなことの中で、いわゆる会社、労働組合あるいは業界団体、農業団体、さまざまな、いわば日本の戦後社会の中でつくり上げられて人々の仕事や生活のよりどころになっていたものが、この三、四十年の中で急速に意図的に崩されてきたということがあるのではないかというふうに僕は思っています。終身雇用制も崩壊し、会社にも頼れない、この場合の会社というのは日本の独特の存在だったというふうに思うのですが、いわゆる株式会社という正確なものではなくて、日本の会社というのは非常に社会的に意味があったと思うのです。このことも含めて社会が変わってきていることについての、私なりの意見も持っていますが、市長の見解を伺っておきたいと思います。

 

そして、結果的にこれらの全ての変化によって地域社会あるいはコミュニティの弱体化が深刻になっているというふうに思っています。武蔵野市で言えば、これらの変化に伴ってコミュニティセンターや協議会というものが孤立したり弱体化せざるを得なくなっているという現状が生まれているというふうに思っています。このあたりについての市長の見解を伺っておきたいと思います。

 

そして大きな2番目の最後で、だけれども、アメリカの問題やイギリスの問題等世界中で起こっていることが、この間進めてきたことがやはり大きな問題であり、人々の暮らしにとっては決していいことではなかったということが世界的に認識されてきているのではないかというのが、希望的な観測かもしれませんけれども、僕の意見なのです。要するに、このままではもうやっていけなくなってきているのではないかというふうに世界のみんなが思い始めている。新しい時代が、新しい仕組みが必要なのではないかということが、それはまだどういう内容であり、どういう結論であるかということ見えていないにしても、そういう課題意識が生まれてきているということは、僕は一つの大きな前進ではないかというふうに思っていますが、その点について伺っておきたいと思います。

自治体本来のあり方の追求

そして大きな3番目です。ここからちょっと硬い話になるのですが、では、自治体はどういうあり方を追求すべきかということになってくると思います。その際に、戦後の日本社会のありようということについてきちんと整理をしておく必要があると思っています。

 

3の1、戦後の日本社会の評価です。わかりやすくというか丁寧に言えば、戦後の日本の資本主義社会というのは、一つの特徴は、国家官僚が牛耳っていたということが一つの特徴です。それから極めて中央集権的な国家資本主義であったということです。いわゆる自由な資本主義ではなかったです。国家官僚を頂点として、官僚が非常にいわば独裁的にいろいろなものを取り仕切り、その中に銀行を初めとしてあらゆる業界、それからあらゆる社会組織が、1つこうこういう大きなピラミッドのように組織されているような社会が、恐らく1970年代の後半まで続いていたというふうに思っています。それが80年代に入って意図的に、あるいは意図せざる形で壊されていったということだったというふうに思っているのです。大蔵省の官僚がたたかれて大蔵省が解体をした、いわゆる官僚批判が強まって中央集権の力が非常に弱まった時代というのが1980年代でもあったというふうに思うのですが、そのころそういうことが起こっていたと思います。この、硬いですよ、正確な言葉で言ったほうがいいと思いますので、正確な言葉で言えば、官僚的国家独占資本主義です。資本主義というのはアメリカ型もあればイギリス型もあればフランス型もあるわけですけれども、日本の非常に特徴的なありようがこの30年で崩れたのです。それによって社会がどっちへ行っていいかちょっとわからなくなってきているというのが、僕の戦後のいわゆる日本の民主主義社会の評価ですけれども、この辺について、同じ世代である市長がどういうふうにお感じかということを伺っておきたいと思います。

 

小さな2つ目は、こういう中で、これからの社会の構築には自治体の果たす役割が非常に大きいということを思っていますが、市長の考えを伺っておきたいと思います。

 

そして3番目として、これ以上のいわゆる民間への市場開放や民間資本の導入については、公的な部門においては既に行き過ぎと思えるところが出てきているので、これは路線を転換したほうがいいというのが私の意見ですが、市長のお考えを伺っておきたいと思います。そして、いわゆるグローバル人材の育成ということでこの間進められてきた教育の改革、これは結局ごくわずかな人たちにとっては、非常にシビアな今の世界の資本主義の中で、いわば酷使されて大丈夫という人材を育成するための教育改革だったのではないかというふうに僕は見ています。これをやはりもう1回もとに戻す必要があるのではないかというふうに思います。これが小さな4点目です。

 

そして小さな5点目として、きちんとしたセーフティネットの構築が必要ではないか。

 

そして最後の6点目です。これは新しいコミュニティの構築のための政策が必要であるというふうに思いますが、この点についても御見解を伺っておきたいと思います。

新たなコミュニティ構想についての視点

そして大きな4点目です。では具体的にどうするかという話になるのですが、一方でそう悪いことだけでもないというふうに僕は思っています。それは、この特に20年の中で、地域におけるさまざまな社会資源は豊富になっている分野もあるということです。1つ目、これは介護保険制度を中心とする高齢者あるいは地域包括ケアの分野におけるこの20年間の伸展というのは非常に目覚ましいものがあるというふうに思っています。この点について市長の御見解を伺っておきたいと思います。

 

それから障害福祉分野においても支援費があり、それから自立支援法がありという中で、予算だけを見ても、この15年ぐらいで非常に障害者福祉の分野の予算はふえてきました。予算がふえているということは、それだけの資源が地域の中に生み出されているということです。この点についても、大ざっぱにどういうふうに評価しているかということを伺っておきたいと思います。

 

それから子ども家庭支援の分野においても、この10年、最近のことですけれども、新制度も含めて、本当に単純に保育園がふえたということだけではなくて、地域とのかかわりということも含めて非常に大きな変化があったし、僕はこの分野においても社会資源は非常に豊かになってきているというふうに思っています。この点についても市長の御見解を伺っておきたいと思います。

 

そして、まちづくりの分野においても、これはハードの面ですのでなかなかすぐに同じようにはいかないかもしれませんけれども、徐々にではありますけれども市民参加を進める動きが出てきている、このあたりについても伺っておきたいと思います。

 

そして4番の小さな2点目として、一方で、今ある武蔵野市のコミュニティについては、そういう社会の全体の大きな変化をきちんと捉え切れていないというところに最大の問題があるのではないかということが私の意見です。片一方で、最初に申し上げたように、いわゆる無縁社会の進行という事態があり、でも片一方で、この間の、国それから自治体を挙げて進めてきた地域包括ケアを初めとする障害者分野や子ども分野のいろいろな施策を通じて、客観的にはコミュニティとして協働し得る社会資源というのは非常に豊富になってきているという、この両方の問題について、きちんとこれを視野に入れ、理解をし、そして組み立てていくという、そういうコミュニティの再構築ということが今必要になっていると思うのですが、そのあたりがまだできていないということだというふうに思っていますが、この点について市長の御見解を伺いたい。

 

同時に、各分野においても、例えば地域包括ケアの高齢分野でも地域支援コーディネーターを置いたりとか、それからそれぞれの施設が全部地域に出ていこうという指向性を持っていたりとか、いろいろな形で、その各分野分野では、子ども分野でもそうですけれども、地域を視野に入れて活動しようねというふうにどんどん変わってきています。しかし、これがまだそれもそれぞれの縦割りの分野からの活動という状態から抜け出すことができていないのではないかというふうなのが今の私の見方です。ここをコミュニティの側から、それから各分野における活動の側から両方を何とかすることによって、地域社会が変わってくるのではないかというふうに思っています。

 

4番の大きな3番目は、以上のようなことを考えると、新しい地域の共同体を構築する条件も逆に生まれているが、問題は、そこを実現をする力です。これは能力というとちょっと誤解があるかもしれませんけれども、それだけの視野を持ち、それだけの力量を持った新しいコミュニティのリーダーと、それからテーブルが必要だというふうに考えます。例えば、保育園をつくろうと。いや、保育園は来てもらったら困るというふうな議論があります。そのときに、それをただの子どもを預かる施設というふうに理解をするのか、それとも、障害者の分野も一緒です、ただの入所施設というふうに考えるのか、非常に貴重な地域資源として捉えてどうやって地域で生かしていくのかというふうに考えるのかによって、これは全然対処の仕方も変わってくるだろうというふうに思っています。

 

ですので、そういう新しい力がコミュニティには求められているというのが私の意見ですが、その点についての御答弁をいただきたいと思います。

世代間対立ではなく、格差拡大こそが問題

最後に大きな5番目として、もう一つ論点があるのは、この間いろいろな人たちが言っていることの中に、いわゆる社会の問題を世代間の対立として捉えるような向きがあると思います。つまり、若い人たちが困っていて大変だと。どちらかというと高齢者のほうが恵まれているのではないかということを強調し、社会の問題を世代間の対立として描き出そうという動きはあると思います。私はこのことには同意をしていません。むしろ、高齢者の分野においても、あらゆる分野において所得や資産の格差が広がっていることに注目をすべきだというふうに思っています。

 

それで、これは資料もつくっていただいて議論を既にしているところですが、高齢の分野において、例えば介護保険の課税段階から分析をした高齢者の所得階層の分化あるいは変化はどういうふうになっているかということを教えていただきたいと思います。同じく子育て支援分野においても、例えば保育料の設定の階層別の分布から分析をしたところで、子育て世代の階層の分化、変化はどのようになっているかということを教えていただきたいと思います。そして大きな問題は、世代間の対立ではなくて、高齢世代においても子育て世代においても、それぞれ階層の所得や資産の階層分化が進んでおり、むしろ生活が厳しくなる層がふえているということが基本的な問題だというふうに思っていますが、これは、今後のいろいろな政策を立案していく上で非常に大事な視点だというふうに思っていますので、その点についての市長の御見解、それから前段としてのその分析を伺っておきたいと思います。

 

壇上からの質問は以上にさせていただきます。よろしくお願いします。

 

○市 長(邑上守正君)  それでは、山本あつし議員の代表質問にお答えしてまいります。

 

大変高いところから、あるいは地域からのさまざまな質問をいただいたというふうに思いますが、世界のさまざまな動きの中でそれぞれをどう捉えているのか、評価するのかということでございます。一自治体の市長としての見解というのはなかなか難しいかもしれませんが、個人的な見解を含めて、できるだけお答えしていきたいと思っています。

1、

トランプについては、正直なかなかわからないです。というのは、私たちに伝わってくるのはマスコミを通じての言葉が主でございますので、直接具体的などのような政策をこれからとるのかということ、実はそちらのほうに注目をしなければいけないし、それから、いかんせん、大統領選挙でアメリカ国民が選ばれたということから、そういう大統領はやはり私たちとしてもきちんと尊重しなければいけないというふうに思っています。マスコミのさまざまな評価もあるのですが、それに動かされることなく、しっかりと実の政策をこれから見ていく必要があるのではないかなというふうに思いますし、とりわけ日米関係というのは、あらゆる面で大切な関係ではないかなというふうに思っておりますので、その良好な関係がお互いの発展にも、あるいは世界のさまざまな平和だとか経済の発展だとかにつながるような、そんな関係を構築できればというふうに思っております。

 

2番目の自由貿易云々については、これも市長としての見解はなかなか難しいのですが、基本的には、自由貿易というのは我々の生活を豊かにしてきたというのは、これは間違いございません。それで、動きとしては、この自由貿易をアメリカは自国主義にしようと。アメリカというのは自分の国で何でも基本的にはできるという国でございますので、その方向性もアメリカ国民にとってはそんなに大きな変化はないのかもしれません。しかし、私たち例えば日本で申すと、自国完結型ではない、つまり他国とのさまざまな協力関係をしていかなければ、私たちの暮らしがままならないという状況になってきますので、双方にメリットのある貿易関係が必要ではないかなというふうに思っております。こちらの国だけがいいという視点ではなくて、やはりお互いの国を豊かにするような視点での貿易関係、そのような発想の視点も必要ではないかなというふうに思っております。

 

次に、国や公の役割ということでございますが、国の形、それぞれの国が考えている、我々はその国の形の中の構成自治体として自治体の役割ということを考えているということでございます。しかし、地方分権時代にあって、国と地方は同等の関係であるということが言われているところでございますので、我が国においてはそのような立場で国と地方自治体が役割分担を行いながら、バランスのとれたそれぞれの自治体、国家の運営をしていくべきだというふうに思っております。

2、

地域と自治体のありようの変化ということで、この30年間で大きく変わったという御指摘をいただきました。この30年間を振り返れば、ちょうど山本さんと私は同じような世代でございますが、社会に出て、振り返って30年ということになるのです。この状況はさまざまな変化があったかなというふうに思いますが、私は余り過去を否定的に見る人間ではございませんので、過去のさまざまな状況を踏まえて、これからどうしていくのかということをやはり議論の視点に置かなければいけないのではないかなというふうに思っております。その中で、確かに個人に帰する場面が多々出てきたし、孤立しがちな社会になりがちだということは、この30年間、どちらかというとそっちの方向に来てしまっているのではないかなというふうに思っています。しかし、それは無縁社会にもつながっていくわけでございますが、その社会になったとすれば、これからどうするかということについては、やはりこれからは、施政方針の中でも言っておりますけれども、一人一人を大切にする、つまり支え合いにつながるようなさまざまな支援策、ネットワーク形成がより一層必要になってくるのではないかなというふうに思っております。日本型の経営システム、終身雇用制度、年功序列も一つのメリットもあったと思いますが、それの課題もあったというふうに思っています。どちらかというと、我々の世代はそれを否定してきました。つまり、会社に入ったときに、何で同じにやっているのに上司に比べてこんなに給与が安いのだといったようなことも若いころには感じたこともございました。いわゆるある意味で成果主義的な捉え方も必要ではないかなというふうに感じたところではございますが、給与は自分と会社の取引の結果、力をつけた人が高い給与を得るという成果主義の考え方もありますが、しかし、それでいいのかといったようなことも、日本の今までの社会を振り返って大いにこれから議論を深めていかなければいけないというふうに思っております。今後、我が国の雇用のありようがどうなるのか、人として働くことの意義も、単に収入を得る、対価を得るということだけではなくて、働くことの意義を踏まえた上でのさまざまな雇用のあり方については議論を深めていかなければいけないし、過去においての日本的な要素はどうやって継承していくのかといったようなことも、持続可能な社会の構築を目指す上で必要ではないかなというふうに思っております。

 

そしてコミュニティの弱体化について御指摘をいただきました。武蔵野でもコミセンが孤立・弱体化をしているのではないかという御指摘ではございますが、私は、そのコミセンが果たしてそこまで過去に地域の強い力を持っていたかというと、必ずしもそうではなかったのではないかなというふうに思っています。基本的には、自主三原則でさまざまな取り組みをいただいているところでございますが、広く薄いコミュニティというか、広がりのあるコミュニティをやられてきたのではないかなというふうに思っておりますが、今後の話として、それではなかなかもったいないなと。現在の市内の住まい方を見ても、これも日本の社会全般と共通するように孤立化するような状況も多々あるところでございますので、そのような市民が少なくなるよう、その市民を結ぶ、あるいはさまざまな団体、個別に団体活動をされていますが、その団体を結ぶ役割がコミュニティ協議会ではないかなというふうに思いますので、かなり大きな期待をするところでございます。今後、コミュニティについては、40年前のコミュニティ構想に委ねていることは理解をするとところでございますが、それだけではなくて、この三、四十年の社会の変化、それからこれからの未来に向けてどのような武蔵野市においてのコミュニティが必要なのかということぜひ議論を進めていきたいというふうに思っているところでございます。

3、

大きな3点目で、オーソドックスな自治体本来のあり方の追求ということで、戦後の日本社会の評価ということで、官僚的国家独占資本主義という言葉をいただきました。その前段として、日本の社会というのは、戦後民主主義ということを言葉としては踏襲をしてきたと思っています。つまり、憲法の三大特徴でございます国民主権、平和主義、資本的人権の尊重、この憲法の三原則が、イコール日本の戦後民主主義を支えてきたものだというふうに思っております。ぜひこの柱は堅持をしなければいけないというふうに思っておりますので、その柱を踏まえて、どうこの地域社会を進めていくのかということだろうと思っております。資本主義関係との関連を分析するのはなかなか難しいのですが、国家官僚的なもの、中央集権的な資本主義がかなり変わってきたということは、一方で地方分権、地域の時代ということから、流れとしてはある程度評価をするところでございます。しかし、この先どうするのか、どうなるのか、どうすべきかについては、ちょっとなかなか難しい問題がありますので、先ほど言った地域のさまざまな方向性を見定めながら、日本全体のあり方についても議論が継続されればなというふうに思っております。

 

その意味で、地域社会のさまざま変化の中で、自治体の役割は大きいということであります。国は、この間、地方分権を唱えました。そして、地方創生という言葉も唱えておりますが、しかし、言葉は言葉として明確に発言をされているのですが、実態としては、地方分権型であったとしても、地方創生であっても、こういう枠組みでやったらどうか、こういう枠組みなら国は支援しましょう、補助をしましょうということで、かなりひもつきのそういう地方分権の流れにもなってやしないかなという大変危惧をしているところでございます。先ほど申し上げましたけれども、国と地方は同等の関係ということから、そういう主従の関係ではなくて、あくまでともに役割分担をし、ともに協力し合う立場から、国を、あるいは地方を築き上げていかなければいけないというふうに思っております。

 

それから、ローカルルールの重視等々、中小企業との関係を重視ということでございます。武蔵野はどちらかというと周辺自治体との境界がないような、つまり、地方都市におけます閉鎖的な、独立したような地域ではないということから、おのずと市民生活も区域を超えた、市域を超えた生活にならざるを得ないかなということでございますので、さまざまなそういう経済活動も、おのずと閉ざされた活動ではなくて、かなり広がりを持った、市域を越えた活動にならざるを得ないのではないかなというふうに思っております。したがいまして、地域で、市域だけで考える話ではなくて、まさに広域でどう連携をしていくのかということが大切なことだというふうに思っています。自然発生的に構築されてきたムラ社会ではなくて、どちらかというと人口規模もそれより多く、民主主義を実践する、都市社会を構築する上でどのような取り組みが必要なのかについては、これまさに自治体の役割でございますけれども、議論をしていかなければいけないというふうに思っています。

 

次に、インクルーシブ教育の徹底、つまり、排除しない地域社会づくりというのは、私も基本的な原理として正しい、必要だというふうに思っております。一人一人を大切するという、まさにそのことずばりではないかなというふうに思っております。インクルーシブ教育は、障害がある子も含む全ての子どもに対して、子ども一人一人の教育的ニーズに合った、適切な教育を包括的に行うということでございます。このたび通級学級を各学校に戻すというようなことも、これはまさに普通学級でのインクルーシブ教育を推進する一助になるのではないかなというふうに思いますので、このような視点で教育のほうもぜひ検討を進めていただきたいというふうに思っているところでございます。

 

次に、きちんとしたセーフティネットの構築ということでございますが、若者の貧困問題、あるいはいじめだとか虐待問題を含めて、さまざまなチャンネルで課題を抱える青少年、若者を大きく見守っていく必要があるのではないかなというふうに思っております。例えば取り組みとしては、予算規模としては大変小さな額ではございますけれども、若者サポート事業、今までの地域社会ではこのような若者が受け入れられるような場所もなかったということの中では、現在では利用をいただいている対象の方がごくごく少数ではございますが、しかし、このような地域での受け皿をつくるということは、大きく課題解決につながっていくものだというふうに思っておりますので、このようなことも含めて、さまざまなセーフティネットの場面を積み重ねていく必要があるのではないかなというふうに思っています。あわせて、親の所得で教育を受ける機会が限定され、また、将来の道も限定されることがないように、これは市の取り組み以上に国を挙げてこのような支援をしていかなければいけないというふうに思っております。

4、

そして次に、新たなコミュニティ構想についての視点ということでございますが、まず、介護保険制度等に関するこの間の地域資源の豊富化ということでございます。御案内のとおり、介護保険事業がこの間展開をし、地域で支えるという取り組みもかなり前進をしてきたのではないかなというふうに思っております。高齢者人口は2000年のときに2万1,611人、16.5%の高齢化率だったものが、2015年には3万人を超えて高齢化率は21.6%を超えたと。ただ、介護保険給付費は2000年のときに39億であったものが2015年には95億、つまり2.4倍に大きくなってきたということでございます。当然、このようなサービスの提供がふえてきたということでございます。それも高齢者の人口の増加率以上にこの額もふえてきたのではないかなというふうに思っています。介護保険事業者数も152事業所から175事業所にふえてきた。特養ベッド数も110ベッドから322にふえてきたということで、これを見ましても、さまざまな資源が膨らんできたというふうに言えるのではないかというふうに思っています。

 

次に、障害分野についても、御指摘のとおり、15年の支援費制度、あるいは障害者自立支援法施行などなどによりまして、措置から契約への流れも進んだこともありまして、障害者施策も大きく広がってきたのではないかなというふうに思っています。身体障害者の手帳取得者も、平成18年度が3,079人だったのが、27年度には3,400人に膨らんできたということでございます。愛の手帳も780人から1,060人、自立支援医療の精神通院の方も1,300人から2,000人という形でふえてきたということで、極めて増加傾向にあるということでございます。障害者の増加に伴い、障害者関連予算というのも、障害者関連決算の数字で申しますと、平成23年に34億であったものが、平成27年決算ベースで45億、このような額に増加してきたということでございます。さまざまな施設も、グループホームなどもふえてきておりますし、福祉的就労などを実施する通所施設なども大変ふえてきました。また、就労支援センターあいるなども平成18年から開所して、活発に活動をいただいているところでございますし、障害放課後等のデイサービスなども大変伸びが多いということで、この間、さまざまな障害者福祉政策を進めてきた、拡充してきたというふうに認識をしているところでございます。

 

次に、子ども家庭支援の分野においてでございますが、10年間の地域資源としては、保育園の定員拡充、おおむね倍近くふやしてきたということもございますし、それだけではなくて、多様な子育て支援策の展開ということで、コミセンの親子ひろばも12カ所、それから0123施設の相談事業も対応をふやしてきたといったようなこともございます。学童クラブもふやしてまいりましたし、さまざまな子育て関連事業をふやしてきたというふうに思っております。また、課題を抱える子どもあるいは家庭に対して、子育て支援ネットワークを構築して、必要な見守り、必要な支援につなげてきたというふうに考えております。またあわせて、まちを挙げて子育てを応援しようということで、まちぐるみ子育て応援事業もこの間行って好評でございますし、また、ベビ吉事業、無料レンタルベビーカー事業も大変好評をいただいているところでございます。まちを挙げてさまざまな子育て支援を拡充し、子育てのしやすいまちをますます目指していきたいというふうに考えているところでございます。

 

次に、まちづくり分野における成果ということの中では、この間、都市計画マスタープランなど基本的な計画を策定すると同時に、まちづくり条例を制定できたというのは大きな成果だというふうに思っております。現在、このまちづくり条例の一部改正を予定しておりますが、美しいまち並みをつくっていこう、景観ガイドラインを策定して、それを運用するための仕組みをこのまちづくり条例に組み込んでいこうというようなことも考えております。また、市民とともに学ぶ場として、例えば水の学校あるいはさまざまなワークショップなども重ねてきておりますし、市民参加でまちづくりを進める場面をふやしてこられたのではないかなというふうに思っております。

 

次に、コミュニティの現状についてということで、協議会を中心としたコミュニティの現状は、大きな変化を捉え切れてないのではないかということでございますが、それぞれのコミセンの歴史があり、それぞれのコミセンの取り組みがあったということは、その成果としては評価をすべきだというふうに思っています。今後の課題として、冒頭私からも述べましたけれども、やはり地域の課題をさまざま顕在化し、議論するようなことをぜひコミセンが拠点となって行っていただきたいなというふうに思っています。これからの地域コミュニティ検討委員会での提言を受けて地域フォーラムという取り組みも進めているところでございます。これもコミセンだけではなくて、職員も参加をさせていただいて必要な情報提供をしながら、地域課題を共有し、課題解決に向けての議論をしていただくようなことで考えているところでございます。

 

あわせて、地域の課題を市や市長が知るということも必要でございますので、この間、タウンミーティングについてもコミセン共催という形で行ってきた経過も評価をいただいてもいいのではないかなというふうに思っております。67回のタウンミーティングを行っております。この間、延べでございますが5,000人近くの参加をいただき、さまざまな意見については、それを市政にも反映してきたつもりでございます。このようにコミセンと協議会と協働して地域の課題を顕在化し、課題解決に向かっていきたいというふうに思っています。

 

次に、縦割りの状態から抜け出すことがなかなかできないのではないかなというようなお話でございます。地域課題というのは、御指摘のとおり縦割りで解決できない課題が多々ございます。地域フォーラムは、いわばそれを総合的に捉えていこうということもありますし、また、分野別にテーマを掲げて地域フォーラムを運営いただいているケースもございます。それらに対応して市もオール市役所として対応していかなければいけないというふうに思っておりますので、必要な分野の連携はしているつもりでございますけれども、連携を持って地域とも対応していけたらというふうに思っております。

 

そして、地域共同体としてのコミュニティに求められるものとして、生かしていく力を持つ新しいコミュニティのリーダーとテーブルが必要ではないかというような話をいただきました。確かに、コミュニティ協議会の皆様方の活動も大変だということもお聞きするところでございますが、先ほど述べたコミセンに対する期待に対して対応いただけるためには、より一層地域のリーダーあるいはコーディネーター等の役割も大きくなってくるのではないかなというふうに思っております。現在、コミセンの未来塾のほうでリーダー養成教室というか講習会を行っておりますが、そのようなことも通じて必要な知識、技法などをお伝えしながら、これはあくまで実践を通してでないとリーダーというのは成長しないというふうに思っておりますので、実践を通じてぜひ地域のリーダーの登場と活躍を期待していきたいというふうに思っております。

5、

最後に大きなお尋ねで、世代間対立の強調ではなく、格差の拡大に注目した政策の立案を求めることについてということでございます。高齢分野におきましては、先ほども他の議員からの御質問にお答えしておりますけれども、高齢者人口では非課税者の割合がこの間増加をしております。高齢者人口の中で非課税者の割合は平成18年に25.2%であったものが、昨年平成28年には27.8%になっているということでございます。また、合計所得金額200万円以上、これは今後介護保険料の2割・3割負担とか、それにも連動してくる話でございますが、200万円以上の人が、これは逆に減少している。つまり、平成18年が31.8%だったのが、平成28年が28%に減少しているということで、高齢者の所得が下がっているということと、非課税世帯もふえているというような、そんな課題がございます。最近の本で「下流老人」といったような本もございまして、若者の貧困だけではなくて、高齢者の今後のそういう貧困についても注視すべきではないか。むしろ高齢者人口がこれからふえていく中で、年金が少なくて、このような課題を抱える高齢者の対応というのもこれから大きな課題だろうといったような指摘の本もございます。まさにそのような視点で高齢者対策も考えていかなければいけないというふうに思っております。

 

子育て分野において、保育料設定の階層別分布から分析した状況はどうなっているかということでございますが、所得層別に保育料が違うわけでございますが、それをグラフにあらわすと3つの山があるようであります。一番低い山は、これは非課税所得の形で1つの山がある。次は中間層でも同じような山があって、あとは武蔵野の特徴として、いわゆる所得の高いところでも大変人数がふえているということで、どちらかというと、低所得の方の人数はやや現状維持あるいは減少ぎみなのですが、高額所得世帯の保育園に入る人数がかなりふえているといったような傾向も武蔵野市的な特徴だというふうに感じているところでございます。

 

次に、大きな問題は世代間の対立ではなく、高齢世代においても子育て世代においても所得階層の分化が進んでおり、生活が厳しくなる層が増加しているといったようなことが基本ではないかということで、政策を立案する際の視点としてという、まさにそのような武蔵野市の特性を的確に捉えて、国の制度等があろうかもしれませんが、市民の住まい方、あるいは年齢構成あるいは所得分析なども十分に配慮した上で、さまざまな政策立案につなげていけたらというふうに考えているところでございます。

以上でございます。

再質問

○5 番(山本あつし君)  ありがとうございました。大体基本的な方向性としては了解いたしました。その上で幾つか再質問させていただきます。

 

1つ言いたかったのは、大きく言うと2つです。最初に、こういう時代だからこそ、国それから公の役割、それは地方自治体ということも含めてそうなのでしょうけれども、そういう役割が改めて大事になってきているのではないかということが一つの問題提起です。エマニュエル・トッドという人が、例えばフランスの社会を評価してこういうふうに言っています。フランスの社会というのは、例えばドイツとか日本とかと比べると、非常に個人の自立度と自由度が強いと。つまり、一人一人がいわばばらばらになっている社会であると。結婚している人の数も少ないし、例えば結婚しないで子どもがたくさんできるとか、そういう社会であると。それはある意味、非常に自立と自由な社会であるけれども、でもフランスの社会は、例えば教育を無償化していますよと。つまり、どんなに生まれても教育は平等に受けられる、国が関与してそういう社会をつくっていると。つまり、決して個人を投げ出したままにはしていませんよということを象徴的に言っているのです。例えばそれが家族であったりとか地域の親戚の血縁関係であったりとか、そういう地縁血縁によって子どもたちが守られて育つような社会もある、それは中国とかロシアとか。社会が違うのだけれども、違うに応じて公が関与するということが大事なのだということを言っているわけです。

 

僕はそのとおりだと思っていて、こういうふうにも言っています。いわゆるこの間の新自由主義的な動きの中で個人の自立が促されてきた。促されてきたけれども、結局実態は親元から出られない若い人がふえていますと。世界的にそうなのだそうです。それで、このことを考えると、公が、つまり国がそれをどう支えていくかというシステムをつくらない限りは、これからの社会というのは成り立たないのではないかという言い方をしているわけです。僕は本当にそうだというふうに思っていまして、いわゆる無縁社会にとっては公が必要なのです。国が必要だし自治体が必要なのです。そのことを改めてしっかり認識することによって、僕らの自治体の役割、やるべきことというのも出てくるのではないかというふうに思っています。

 

ですので、繰り返しになりますけれども、孤立しがちな社会というふうに今、市長はおっしゃいました。そういう傾向が強まってきている社会の中にあっては、いわゆる古い日本型の、官僚統制の、産業振興の、国策推進の社会ではなくて、別の意味での公の役割が大変大事になってきているのではないかということです。この点についてもう一度確認をさせていただきたいというふうに思います。それが1つです。

 

それから、各国間の関係においても、これはちょっと話が広がりますけれども、あえて言っておきます。貿易についても、投資についても、あるいはさまざまな参入障壁の問題についても、これはただ国境のハードルを下げるだけでは問題は解決しないということです。メキシコとアメリカの関係がよく言われていますが、メキシコの人たちは、国境の有刺鉄線をくぐってでもアメリカに行かざるを得ない。というのは、アメリカとメキシコの間の経済格差がそれだけ大きいということです。そして、行った人たちはアメリカの下層社会に組み込まれるわけです。つまり、国境を越えて階級格差が共通のものになっているということです。これを見直して問題解決に向かうためには、もう一度国の役割ということをきちんと設定するしかないのです。ほっておいたらこうなるのです。

 

ですので、そういう意味では、貿易についても、投資についても、さまざまな参入障壁についても全て国の関与が必要だと。もうちょっと言えば、自治体がこれにかかわってもいいのだというふうに僕は思っていますが、その辺について、まあこれはちょっと余計な話になるかもしれませんが、御意見を伺っておきたいというふうに思います。

 

それから、やはりコミュニティの問題にどうしてもなってしまうのですが、先ほど御答弁をいただいた介護保険制度、あるいは障害者の自立支援法を初めとした障害福祉の分野の諸制度、それから子ども家庭支援についての全般的な政策のそれぞれの前進というのが非常に大きいということが確認できたと思います。これは例えば介護保険の予算が3倍にふえたと。基本的にこれは僕は全く無駄なお金ではない、というのは、そのお金は地域の人に渡っているわけです。ほとんどこれは人件費です。地域でお金が回っているわけです。子ども分野も障害分野もそうです、ほとんど人件費です。これはそこに新しい雇用がそれだけ生まれているということなのです。今後のことを考えたときに、ではこの需要というのはどうなのだろうというふうに考えた場合には、まだまだこの需要というのは非常に大きいわけです。介護保険も、それから障害分野も、子ども施策についてもニーズは非常に大きいわけです。

 

片方で、いわゆる需要不足ということが言われて、このデフレというのは需要が足りないのだと、物が売れないのだということがずっと言われているのですけれども、日本の社会で需要が足りないなんていうことはないのです。物は多少余っているかもしれないけれども、いわゆるサービスの分野で人が必要としている需要というのは物すごくあるのです。そこについて、これはお金を使っていくということは、お金が回っていくということなのです。これは外国にも逃げていかないし、石油を買ってアラブのお金持ちに渡るというわけでもないし、日本の若い人たちに確実にお金が回っていく非常に重要なサイクルになるのです。ですので、これはどんどんやって何の問題もない分野だと。しかもそれが結果として地域にはね返ってくるということだというふうに思っていますので、ここの需要についてはしっかりと見据えて、もっともっと力を入れてやっていただきたいというふうに思っていますが、この点についての御答弁をいただきたいと思います。

 

そしてコミュニティの問題については、フォーラムということが言われています。でも、この間見ていて、やはりフォーラム程度のあれでは無理です。武蔵野のコミュニティの再構築には、根本的に違う位相で、大きくて強い、大きくて本当の高い力量を持った新しいコミュニティを、コミュニティセンターの運営とは全く別の次元で再構築をしないと無理だというふうに思っています。それは新しい協議会というのを言っている人がいるのです。名前というかその設定の名前を忘れましたけれども、要するに新しい協議体が必要だと。それはコミセンの運営とは別のものなのだということを言っている方がいらっしゃって、僕もそれは賛成しています。つまり別次元の、ここについては本当に地域の課題を担うのだという気持ちでやっていただけるということもあえて言います、大事だと思います。つまり、サークルとか趣味とかそういういろいろなつながりも大事だと思います。でも、本当に地域の抱えている課題を自分たちが担うのだと。ただそれは、自分たちだけで担うのではなくて、いろいろなものがある、いろいろな人たちがもう既にたくさんいるのだと。そういう人たちと協力をして、課題解決に向かうという意味での、本当の地域のリーダーと組織が必要なのではないかというのが私の意見です。それを何らかの形で、多少時間はかけたとしてもつくり出していく必要があるのではないかというふうに考えています。その点では多少の、まあ、こういう言い方をしてはいけません、またどうせ怒られるのだからいいか、フォーラムのようなものの積み重ねの延長線上に、こういう連続的にその延長線上に再構築を構想するということは難しいというのが僕の意見ですが、その点については市長の御意見はいかがでしょうか。その辺を伺っておきたいと思います。

 

所得や資産の格差の拡大に注目をした政策という点では、御答弁をいただいたとおり、階層分化は、やはり徐々にではありますが確実に進行しているということが出ていると思いますので、それは大事な問題として、いろいろな分野の全ての施策を立案する際に重要な問題として考慮していただきたいということはお願いをしておきたいと思います。

 

○市 長(邑上守正君)  それでは、再質問にお答えしてまいります。

 

自立度が高いことに対して、それを国が支援する仕組みが必要だと、まさにそうでありますし、エマニュエル・トッドさんだと思いますけれども、彼の指摘も確かだというふうに思います。親の所得で子どもの人生が全て決まるようなことであってならないというふうに思っておりますので、その意味ではフランスの政策のような、子どもが大学まで無償で行けるということが明確になっているということは、大変子どもの人口をふやすことにもつながっていくということもございますので、いきなり日本がどこまでできるかわかりませんが、国の大きな役割があるであろうというふうに思います。

 

それから、貿易の話は御意見としてお聞きしますが、その観点で自治体からどのような発言ができるのか、市は直接貿易等を行っていないので、間接的にならざるを得ないと思いますが、そのような関係をどう国に申していくのかということも今後の検討課題かというふうに思っています。

 

コミュニティの問題の中で、介護や障害や子育て支援の施策を進めることが、これは働く場をふやしていく、人件費を地域に落としていくということにもなると、それが経済社会の中で循環していけば地域の活性化にもなるというような御指摘もいただきました。福祉というものを一つの産業ということで捉えるとすれば、このような福祉産業ということも地域の活性化に大きく貢献できるものだというふうに思っておりますので、今までなかなかサービス業としての位置づけしか多分なかったと思いますけれども、それをもう少し福祉サービス部門としての顕在化、確立化をしていくのも必要ではないかなというふうに思いました。

 

それから、地域フォーラムはなかなか限界があるのではないかというような御指摘でございます。ただ、だからといっていきなり別組織で、地区協議会ないし地域協議会ができるかというと、なかなかそれもいきなりは難しい気がします。他都市ではそのような形で地域を区分けをして、地域協議会なるものを組織化してさまざまな議論を深めていただこうということでございますので、そこにアプローチするに当たって、武蔵野市、14万4,000人の人口を抱えるこの都市が、そのような組織化が全市的に可能かどうかも含めて、大いに検討すべき課題だというふうに思っております。一方で、まちづくり条例においては、地区レベルで、もう少し狭い範囲で実際のまちづくりを対象にして、わかりやすい組織化が可能だと思いますが、そのような小さい単位からの協議会をつくることによって、それを集合体としての地域全体の協議会に高めていくとか、そういうステップアップも必要なのかもしれません。

 

いずれにしましても、ちょっと戻りますけれども、武蔵野のコミュニティの課題というのは、コミセンでの課題という以前に、地域の、我々が住んでいる隣近所のコミュニティが実に希薄であることから端を発しているのではないかなという気がいたします。自身のことを振り返っても、マンション住まいであれば、隣の人といつ会ったかなというような状況であります。この住まい方が、武蔵野市民の7割の方が共同住宅ということから、まず、隣近所のコミュニティをどう考えていくのかということも大切な視点ではないかなというふうに思っております。先ほども地区レベルの協議会から全体の地域協議会というお話をしましたけれども、いきなり全体のコミュニティは難しいというふうに思いますので、隣近所でどうやって共助の仕組みをつくるのかということを武蔵野市的にどう考えていくのか、どう支援するのかというのも、これからのコミュニティのあり方の議論の視点ではないかなと思っています。どうしても我々はコミュニティの課題を掲げると、コミセンとどうしても余りにも密接し過ぎているのではないかなというふうに思いますが、コミセンはあくまで場所であって、協議会はその場所を活用しながら地域全体のコミュニティ形成を図るという趣旨だと思いますけれども、武蔵野の特徴を捉え直して、コミュニティのあり方を原点からやはりもう一度考えていくべきではないかなというふうに思っております。

 

あとは所得や資産の変化に対応してきめ細やかな対策を進めていくべきだ、このように私も考えているところでございます。

以上でございます。

 

○5 番(山本あつし君)  あと4つあります。先ほど与座さんが言われた地方創生のことです。これは、ちょっと外環の件があって国交省のことを調べていたら、国交省の全体の事業の重点計画が1枚のペーパーになっているのがあるのです。見ると、地方創生が先にあって、それから国際競争力の強化となっているのです。順番がそうなっているのです。それで、国際競争力の強化というのはどういうことかというと、外環とかそういうことなのです、要するに。飛行機で羽田に着いたら、ばーっとそのまま全国へ行けますよみたいな世界、そういうことです、要するに単純な話、インフラです。地方創生というのは、何かいろいろ書いてあるけれども、結局お金、財源という意味では圧倒的に国際競争力の強化なのです。もう見ればわかります。もう圧倒的にインフラ整備なのです。これは逆に言うと、地方創生というのは言っているだけなのです。本当に言っているだけなのです。それを実際に実のあるものにしていくには、もうこれは地方自治体がやっていくしかないということだというふうに思っています。ですので、その制度に乗っかるかどうかという問題ではなくて、やはり独自の政策をつくり出していく、そこから全体を動かしていくということしかないと思いますので、そういう面での自分たちの独自の取り組みというのがもう少しあってもいいのかなという感じはしていますが、できれば御答弁をいただきたいと思います。

 

それから問題になっているPPPの問題については、既に各会派からも意見が出ているところですけれども、市民の意見が反映されていないというふうな批判は、僕も根拠のあるものだというふうに思っていますので、三鷹の北口の大きな事業等々において、この手法を使うということについては、十分に慎重にやっていただきたいというふうに思います。使い方についてもいろいろな使い方があるようですので、一概には言えませんけれども、ぱっと決めて丸投げをするというふうなやり方では、反乱が起こるだろうというふうに思いますが、今後のこのPPPの考え方について伺っておきたいと思います。

 

それから、教育については、結論的に、やはり小学校はみんなの学校であってほしい、小学校に中学校を持ち込まないでほしいというのが僕の意見です。小・中連携はいいです。しかし実態は、小学校の5、6年生に中学校のやり方を持ち込んで、早いこと受験勉強へもっていくというふうにやはりなってしまっているのではないかというふうに思います。小学校は6年生までみんなの学校で、全ての子どもたちがお互いに生き生きとした関係をつくれるような状態でやってほしいというのが私の意見です。インクルーシブ教育というと、ちょっと硬くなりますし、そのインクルーシブ教育というのがみんなの学校とどういうつながりになってくるのかというのもなかなか一言でちょっと言いにくい面もありますので、これはまた必要なところで議論すればいいと思うんですが、基本はやはりそういうふうに考えていただきたい。今のこの世の中においては、どうしても制度をいじくっていくことによって子どもたちに早くの段階から競争が持ち込まれてくるというふうにならざるを得ないだろうというふうに思います。ここのところについて市長のお考えは伺っておきたいと思います。

 

それから、コミュニティの問題ですが、言われたように、身近なところでのコミュニティをつくっていくということも非常に大事だということは、そのとおりだと思います。それで、今、60代で地域に戻ってくる方が非常にふえています。どんどんふえています。地域を歩いていても、結構みんな男の人が家にいるのです。この人たちの力をもうちょっと生かせないかという御意見も地域の中にはやはり生まれています。僕のところには、子ども食堂ではなくて、大人食堂をやらないかという話もありまして、おやじの会なんていう飲み会なんかも多分そういうのはあると思うのですけれども、60代で退職して結構元気な人たちがいっぱいいて、みんないろいろな経験も持っているのだけれどもというところは、おとぱなんていうのもありますけれども、もう少し細かいレベルでもう一段の何か政策があってもいいのではないか、まあこれは市に期待するということでもないかもしれませんけれども、まだまだ可能性は確かにあるというふうに思っています。せんだって部長が言われていたサロンも非常にふえているということで、地域の中にはやはりエネルギーがあるのだというふうに感じる面もありますので、そのエネルギーをもっともっと生かしていく施策を各分野において進めていただくことが、結果としてのコミュニティの再構築には大きくつながってくるのだというふうに思っています。この点において、各分野それぞれにおける新たな事業の創出とか、あるいは新たないろいろな動きとかいうことが出てくることについては、さらに期待をしたいというふうに思いますが、市長の御意見、御見解を伺っておきたいと思います。

以上です。

 

○市 長(邑上守正君)  地方創生につきましては、国のいう枠組みはなかなか怪しい感じもいたしますので、これは従来申しているとおり、武蔵野市としての自治体としてどうやって活力あるものを生み出していくかという視点で考えていきたいというふうに思っております。

 

PPPにつきましては、これはメリットも多々あるわけでございますので、ただ、そのやり方、それからこの内容についての手法について十分にまだ市民の皆さん方に理解いただけないケースも多々ございますので、PPPにつきましては、活用の方法についてきちんとした方針をこれからきちんと定めていきたいというふうに思っております。丁寧にこの議論は進めていきたいというふうに思っています。

 

教育については、小中一貫の取り組みについては課題もあるという御指摘ではございました。またあわせて、さまざまな資料をいただきますと、その中にはもちろんメリットもうたわれているところでございますので、これは早急に決めるということではなくて、そのようなメリット・デメリットを出し合いながら、これから未来に向けての子どもたちにとって何が最善なのか、これを踏まえて判断をしていかなければいけないというふうに思っております。

 

それから、コミュニティに関しては、60代を過ぎると地域に戻ってくる男性がいるということで、おとぱも開催いただいているのですが、なかなか参加者はそれほど多くはないです。毎回私も伺っていますけれども、なかなか多くはないということでございます。何か特定のそういう取り組みに対しては参加しにくいような、そんなことにもなっているのかなということも踏まえて、もう少し緩やかに地域にデビューできるようなことも考えないといけないのではないかなというふうに思っています。あわせて、定年男性の活躍する社会ということも視点として考えないといけないし、それらの皆様方の力というのは大変大きな力を持っているというふうに思いますので、どちらかというと市民活動にいそしんでもらうというよりか、こういう担い手が欲しいのです、こういう役割が地域で必要なのですよという役割論からその男性の地域デビューを誘導できたらいいのではないかなというふうに思っているところでございます。

以上です。

 

○5 番(山本あつし君)  ありがとうございました。では最後に、これはもう繰り返しになりますが、どうしても言っておきたいと思います。社会資源という言葉を使いましたが、どういう言葉を使うのが一番いいのかというのはわかりません。地域資源といえばいいのか、その全ての地域資源を生かしていくということ、逆に言うと、この間の代表質問でも出ていますけれども、保育園の立地の問題とか、障害者施設の立地の問題等々があります。やはり一番大事なことは、地域でそれを本当に貴重な地域資源、あるいは社会資源として捉えて、一緒にどういう地域社会をつくっていくのかということについて共通の認識が生まれ、共通の理解が生まれ、そして活動が広がっていくというのが、僕はやはり一番大事なことだというふうに思うのです。今回の障害者の人たちの入所施設についても、設計そのものはもうそうなっているわけです。考え方もそうなっているわけです。ですので、ただ、それがやはりまだまだ全体として理解されていない部分がもしかしたらあるのかもしれないということだというふうに思う。ただ物ができるというふうに理解されてしまうと、それは何だという話にやはりなってしまうので、結局のところはそういう市民の中におけるそのことの合意形成とか理解というのが非常に大事なのではないかなというふうに思っています。

 

まずは、議会もそうですけれども、職員の皆さんも含めて、全体としてそういう大きな意味で、10年先、20年先をにらんで、コミュニティの構築も含めて、そういうものをつくっていくということの中に一つ一つが全部生きてくるのだということをもとにしていろいろなことを進めていただきたい。そういうことをやはり皆さんにも知っていただきたいということは、強くこの間のことについては思っていますので、そのことは十分に進めていただきたいということをお願いしておきたいと思います。

これはもし御答弁があればで結構です。