エマニュエル・トッド
「問題は英国ではない、EUなのだ 21世紀の新・国家論」
「3、トッドの歴史の方法」より
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「しばしば『個人』と『国家』は対立させられますが、国家が大きな役割を果たすことと、核家族システムのなかで個人が個人として生きることは、矛盾するどころか、実は相互補完的なのです。この点を、ネオリベラリズムの信奉者はまったく理解していません。
ネオリベラリズム革命がもたらした逆説的結果の一つは、核家族の進展、つまり個人の自立を妨げたことです。
この文脈では、核家族を①古いタイプの核家族と、②純化された核家族とに分けて考えると良いかもしれません。①が『パパ・ママ・子供の世帯』であるのに対し、②は、独身者、独居老人などといった『一人世帯』です。ネオリベラリズム革命は、ここで言う②のような世帯の存在を否定するのです。
大人になれば、家を出て自立するのが、個人の自立を尊重する絶対核家族のアングロサクソン社会の特徴です。ところが、ネオリベラル革命の皮肉な結果として、成人になっても経済的に親元を離れられない子供が急増しました。ネオリベラリズムは、個人主義であると言われていながら、実際には個人の自立を、つまり個人主義を妨げているのです。
現在、絶対核家族社会の唯一の例外はデンマークで、国家が個人にさまざまな援助を提供することで、つまりネオリベラリズム革命をしないことで、個人を支援しています。それに対し、ネオリベラル革命は、個人が家族に頼らざるを得ない状況をつくりだすことで、結局は『個人の自立』を妨げています。
このように、核家族と国家の間には共振関係があります。例えば、教育の分野に国家が大きく介入することなしに、核家族社会は成立しません。フランスでは、初等教育から高等教育まで費用を親ではなく国家が負担することで、核家族が維持されています。フランスの個人主義は強力な国家の存在によって成立しているわけです。
それに対し、直系家族の場合は構造が核家族よりも複雑で、家庭内の連帯がより大きな役割を果たし、そのぶん核家族ほど国家を必要としません。直系家族の社会文化では、多くのことが国家ではなく家族に依存します。
こう考えると、アングロサクソンのネオリベラリズムは、全く奇妙な現象といえます。
国家こそ、個人の自由の必要条件です。『個人』の成立には『国家』が必要なのです。」
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皆さんはいかが思われますか?